2010年10月24日
去る2010年10月21日、タイムカンを地中に埋めてからついに丸10年が経過した。
タイムカンの説明はもうしないけれど、私を含む3人(ねこの國ドットコムジャパンの面々)で、そのタイムカンを地中に埋めたのである。それが今から10年前、2000年10月21日のこと。当時私は高校生であった。
埋蔵当時の貴重な写真
あれからいくつもの季節が過ぎ、高校生、大学生、大学院生を経て、しがないサラリーマンとなった今でも、あの時の様子は鮮明に覚えている。この10年間は、つねに地中に埋めてあるタイムカンと気持ちを共にし、そして変化を共にしてきた(腐ってきた、という意味では決してない)。発売当時の、今となっては意味不明なタイムカンへの入れ込みから始まり、一年に一度の開封の待ち遠しさ(※)、そして無念の回収決定(※)から、なぜか浮かれてしまったテレビCM放映(※)まで、私の10代後半から20代の歴史において、大きなウェイトを占めることになったのがこのタイムカンなのである。
10年前の日記が残っているので、引用してみようと思う。ここで古びた日記帳でも出てくれば趣があるのだけれど、あいにく文章はテキストデータとしてHDDに残っており、当たり前だけど全く10年の歳月を感じさせない。デジタル化の弊害がこんなところに! って今はそんな話題ではないので、ひとまず置いといて。
2000年10月19日(木):またか、という感じだが、それでもしつこくタイムカン。今度は「タイムカンを埋めてしまおうじゃないか。」という計画が持ち上がったのである。
(中略)
こんなバカらしい計画だが、前々から穴掘って何か埋めてみたいなぁ、と思っていた私にとっては、実に好都合である。有志は現在、私含めて3人。3人も居れば、すぐにでも実行できそうな勢いである。
では、どこに埋めるか。タイムカプセルの王道としては、学校の裏庭にあるデッカイ木の根元に埋めたりするのであろうが、あいにくそんな土地柄ではない。埋めた場所に数十年後集合したら、その場所には高層ビルがそびえたっていた、なんて話も無きにしもあらず。ん~、結構場所決めには頭を悩まされる。それに、屋外で穴なんか掘ってるといかにも怪しいしな。夜中にこっそりと、学校なんかに穴を掘りに行くしかないか...。
しかし、10年後にそれらを掘り出した私たちは何を思うだろう。喜んでカップヌードルが食べれたら、それは成功ですな。そんな日を待ち望みつつ・・・近々計画実行予定。
2000年10月20日(金):タイムカン埋蔵計画が動き出した。今日、有志で集まって、具体的な話し合い。とりあえず、側面の「10年後、開封する自分へのメッセージを。」の欄は記入する、というのを決める。痛いなぁ、自分宛てのメッセージほど、後で読んで痛いものはない。
そして問題の場所の方は、"●●"でほぼ決まりそうである。知り合いが鍬(くわ)を持っているらしいので、夜中にエッサホイサと鍬をかついで●●に行き、人知れず穴を掘ってブツを埋める。掘ってる途中で人に見られたら、死体を埋めているのと勘違いされそうである。怪しい(笑)。
2000年10月21日(土):うひゃ。ついに埋めてきてしまった、タイムカン。なんだか予想以上に時間がかかって、結局穴を掘るだけで1時間以上もかかってしまった。夜も11時を回り、傍らを通りすぎて行く補導員に怯えながら、せっせと穴を掘り、そしてついに埋められたタイムカン・・・。あぁ、穴を掘るって素晴らしいなぁ♪
当時の懸念であった「10年後にも掘り出し可能な土地であること」というのは、現時点では満足している。しばらくマウントポイントには行っていないが、10年前となんら変わらない様子であることには間違いない。
それはさておき、こんなしょうもない日記でも当時を思い出す貴重な資料となりえるし、そして何より私自身がとても懐かしい気分に浸れている。10年前の私は、いまよりも遥かに何かを残すことに情熱を燃やしていて、それがこの「ねこプラ」であって、タイムカン埋蔵計画なのであった。あの頃の未来である今の私はというと、間接的ではあるにしろ、多くの人に記録・記憶を残してもらうための仕事に就いている。それを思うと、案外こういうところに自分の原点があったのかなぁ、なんて漠然と思ったりもする10年後の私なのであった。
で、いつ掘り起こすのかって? 実はまだ、日程の調整が付けられていないという……。年末年始には、なんとか3人全員で集まりたいねぇ。それまでなんとか持ちこたえてくれ、タイムカン!
ついに隔月更新になってしまったこのブログです、皆様いかがお過ごしでしょうか。
ブログのくせに全く即時性が失われているけれど、きちんと記録することの重要性を痛感している今日この頃なので、ここ2ヶ月の出来事をダイジェストで記しておく。
とその前に……
という記事を書いたので、そちらも合わせてどうぞ。
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●2010年9月 1週目週末
この頃は、まだ引越し真っ盛りであった。予定ではさっさと引越し業者に頼むつもりだったのが、なぜか最後まで自力で引っ越す流れになってしまい、暑い盛りに汗をダラダラと流しながら作業をしていた。
この週の部屋(新居の方)の写真が残っている。
この状態からよく整理できたなぁと思う。どう考えても住めないだろう、これは……。
●2010年9月 2週目週末
ばびゅーんと東京に行っていた。
今年は何かと週末東京に行くことが多くて、このときが5回目? まぁ、何をしているかというと、趣味でいろんなイベントに行ってるだけなんだけど……。この日は赤坂BLITZ だった。
ところで、東京に行く度にかの「ラーメン二郎」を目指して行脚している。ただし、まだ一度も食べられていない。このときも、三田本店まで行ったけど閉まっていた。日曜定休日というただそれだけのオチなので、きちんと調べてから行けよという話である。
●2010年9月 3週目週末
佐渡島に行っていた。新潟県の、あの日本地図を描く時についでに描いてしまう島の筆頭であるところの佐渡島である。
今回は知り合いに車を出してもらって、夜通し高速道路を走って新潟まで行った。
新潟からは、ジェットフォイルで佐渡島まで渡る。前に屋久島へ渡ったときと同じタイプの船で、妙な懐かしさがあった。佐渡島へは、一時間程度の船旅。偶然にも、ジャルジャルの人と居合わせた。
島で何をしていたかというと、二日間ひらすら島の外周を走り、岬を巡っていた。島に来たからには、端っこを制覇して帰りたいではないか。走行ルートはこのとおり。
天候にも恵まれて、良い岬巡りができた。
そんな中でも一番よかったのは、佐渡島最北端の弾崎である。
空前絶後の寂れ具合を誇っている(それなのに職員が常駐している)うえ、灯台近くには銅像があり、歌碑があり、歌が大音量で流れる。この岬コンボは竜飛崎や襟裳岬に代表されるものであるが、この岬が持つ独特の哀愁ある雰囲気が素晴らしい。
もちろん、金山と佐渡トキ保護センターには行ったので、これで佐渡島に思い残すことはない。帰りは再び夜通し高速を走って大阪に戻ってきた。
新潟名物イタリアンも食べたよ。
●2010年9月 4週目週末
休息の週末。それでも京都に行ったり、某所へイベントを見に行ったりしていた。
引っ越してさらに京都が近くなったため、これからも気が向いたらふらっと京都に行こうと思う。世界遺産・詣で巡りも途中で止まってるしね。
●2010年10月 1週目週末
友人の結婚式のため、福山に行っていた。行きは普通に新幹線で、帰りは福塩線→井原鉄道→吉備線経由で岡山まで行き(といってソラで分かる人がどれくらいいるだろう)、そこから新幹線で帰ってきた。
写真は、井原鉄道の車窓から。何かを伝えたいんだろうけど、これだけではどうあがいても謎のメッセージにしかなり得ない。
ところでこの結婚式では、10年ぶりに会う旧友が3人いた。10年前といえば、高校を卒業した年である。「お互い全然変わってないねぇ」なんて常套句のように言い合ったけど、高校の卒業式の日に別れてから、みんなそれぞれの道で3500日分もの経験を積んできたんだ思うと、時の流れを感じずにはいられなかった。高校の同級生って、数人以外は全く会ってないけど、みんな今頃どんな人生を送ってるんだろうねぇ。
●2010年10月 2週目週末
実家に帰っていた。家の用事で帰ったんだけど、合間をみて某眉山山頂でやっていたイベントに行ってみたり。
眉山は、毎年初日の出を見に行ったり(今年の正月を参照)、大学の時はよく夜中に気分転換のため上ったりと、それなりに思い入れのある場所である。そこで行われているイベントの様子を見て、俺の眉山がこんなに賑やかなわけがない! って思った地元民でした。ただ、これはこれで良いと思う。
●2010年10月 3週目週末
引越し記念というか定期集会というか、友人を呼んで鍋をやった。やっぱり宅鍋は良いものだ。この日のために卓上IHコンロとデカい鍋を買ったので、みんなどんどんウチに来て鍋をするといいよ。
以前、和歌山の友ヶ島に行ったメンバだったため、その友ヶ島がロケ地になっている映画「彼岸島」を見た。知ってる場所が出てきたのでそれなりに楽しめたけど、冷静に考えると……な映画だった。
あとこの週には、3年半住んだ会社の寮を引き払った。物損があったので、あとで請求書が来るそうな。ガクガクブルブル……。
焼肉を食べに行ったりもした。こう断片的に語ると、なんか豪華な週末を過ごしているかのように錯覚してしまうから不思議だ。
●2010年10月 4週目週末
今週。大学時代の友人が来ていて、某ライブに行ったり、うちに来てゴロゴロしたり。
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と、そんな2ヶ月だった。
相変わらず平日の仕事は忙しくて、週末は移動ばかりしてて、そのせいで時間がない今日この頃。これだけの期間なのに、東京、佐渡島、福山、徳島に行ってるのは何なのだろう。JR完乗してから、移動癖が悪化している気がする……。そして11月は、松山と横浜と逗子と東京に行く用事があって、何やってんだかなぁという感じだけど、移動が好きなのでこれからもどんどん移動していこうと思うのであった。